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久々に書いたな…。
03:死人花(曼珠沙華の別名)
戦が起これば人は死ぬ。
人が死ねば血が流れる。
それは、そこにいたのだと主張するように赤く、紅い。
しかし、時間がたてば消えてしまう儚いもの。
故に思う。
静かに、考える。
死した後はどこへ行く事になるのだろうかと。
どこかに行くことで死という、生きていた『証』が残るのだろうかと。
それとも。
何も残らず消えてしまうのかと。
あの、流れて言った血のように。
跡形もなく消えてしまうのかと。
考える。
考えながらも確信している。
きっと、消える事しか出来ず、誰もどこへだって行けないのだ。
彼岸花が赤いのは、きっとそこにいるのだと証明したいからだろう。
ぼんやりと、窓の外から見えるそれを眺めて、政宗は思う。
あれらは死人の、あるいは死した獣たちの証。死んだ場所に花が咲いて、そこで死んだのだと、その時までは生きていたのだと主張しているのだろう。そこにそういう命が在った事を忘れるなと願っているのだろう。
だからあれほどに赤いのだ。
だから血のように赤いのだ。
あんなに赤かったら……嫌でも目に留まる。目にとまると言う事は、その瞬間は間違いない無く忘れられていないという事。
けれど、そんな事が本当は無いのだと言う事も知っている。
だとしたら戦場になった場所では一面の彼岸花が咲いていなければならないが、実際はそんな事は滅多にある事ではない。当然ながら咲いている場所はあろうが、死んだ人間の数にはとてもとても及ばないに違いない。
分かり切った事だ。
分かり切っている…だからその考えを放り投げる。
そこで思考を止めては意味がない。
それに、証が在ると言う方が『都合が良い』。自分の決断によって死者が存在すると言う事を忘れずに済むから。証を見ることで思いだせるから。
故に『在る』のだと、あの紅の花々が『証』なのだと思う。
彼らを見ている限りで、忘れる事だけは絶対に有り得ない。
忘れられたくない『かもしれない』彼ら。
忘れたくない自分。
死人の意思は分からないが、ならばこちらで勝手に決めさせてもらう。それだけの話。
そして、そんな事を思うたびに紅の花々を一つ残らず摘み取ってしまいたいと思う自分は、まだまだ弱い。そんなことで彼らが帰ってくるわけもないと理解しているくせに、半分本気でそれを考える自分が嫌いだ。
たとえ自分の大切な存在が死したとしても、そんな事を考えてはいけない。
それは、彼らの生きざまに対する冒涜だ。
だから、といつものように結論付けたところでフッと想像する。父が死んだあの場所に、ならば紅は咲き誇っているのだろうか。
だとしたら自分は絶対にその花に触る事さえ出来ないだろうと、政宗は苦笑した。
このお題もちゃんと進めないとなぁって思いました。
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