思えば、興味なんて持ってしまった事が間違いだったのだ。
十枚以上の皿が重なり山を作っている様を見て、ウイングはげんなりとした表情を浮かべた。好奇心は猫を殺すと言うが、その言葉はまさしく正しいと、今なら断言出来る気がする。興味が湧かされて好奇心を擽られて、その結果がこれなのだから。
見ているだけで胸が焼けそうな光景を眺めながら、横で突っ伏している黒いのの後頭部をつつく。
「大丈夫か?」
「……ぼちぼちと」
「無理をして食べようとするからだ」
言いながら、最後二皿分を酷く辛そうな顔をして口へ運んでいた彼の様子を思い出し、思わず呆れの表情を浮かべる。先ほどまで自分も食べていた『これら』は、無理をして食べようとするべき物では無い。腹八分で食べるのを止めるべき存在なのだ。そのくらいならば自分にだって分かる。
そして自分が分かっているのだから、彼の方も当然分かっているはず。
「それはそうだけどさぁ……ほら、やっぱ元くらいは取っときたいじゃんか」
案の定、分かっていたらしいデスサイズは、どうやらそれを承知の上で無茶を突き通していたらしい。ゆっくりとテーブルに預けていた上体を起こし、苦笑を浮かべた。
彼の言うことも確かに分からないでもない。何の食べ放題であれ、何かの食べ放題に来てしまった以上、その思考から逃れる事はなかなかできないだろう。だからといって限界というのは超えて良いものではないのだが。
そして、限界という物がある以上。
何事にも限度という物だってある。
……だというのに、この光景は本当に何だろう。まるで、限度など、どこかへ置き忘れてしまったと言わんばかりの様子なのだが。
限界を超えてしまった彼から、限度を知らない彼の方へと視線を映しつつ、腕を組む。
「これも何となく予想していた事ではあるんだがな……予想以上だ」
「……だよなぁ。これは無いよなぁ……」
限界を超えているか否かの差こそあれ、互いに限度をわきまえてはいる身だ。やはり限度という概念を捨て去っているとしか思えない光景を前にすると、同じような感想を抱いてしまうらしい。顔を見合わせて、やれやれと肩を竦め合う。
「……どうかした?」
そんな自分たちの様子が不思議だったのか、ケーキに集中していたはずのヘビーアームズが、訝しげに首を傾げた。利き手は筆記具では無くフォークを握っていて、その上で相手が自分たちだからなのか、問いの無い様伝える方法は文章では無くて肉声だった。
こちらを見ながらもまた一枚、彼が皿の山に皿を載せるのを頬を引きつらせながら眺め、呻く。
「一体何皿食べたんだ……」
「……2ホール分くらいは食べた……と思う」
「多っ!……で、え?まさかまだ余裕あるとか言わないよな?」
「いや、言うけど」
「言えるんだ!?」
「あと2ホールはいける、多分」
「それはやり過ぎだろう……」
出来たとしても、4ホール分を食べ切るのは問題ではなかろうか。色んな意味で。
それにしても、既に2ホール分が腹の中には言っている、とは……改めて考えてみると、実にとんでもない話である。それはつまり自分の16倍、デスサイズの4倍の数のケーキを食べた、という事なのだから。
ケーキ。
そう、ケーキである。
今、自分たちがいるのはケーキのバイキングを取り扱う店の中なのだった。
どうして自分たち三人だけしかこの場にいないのかと言えば、ここにいない二人は部活の方の用事があるとかで、来れなかったというだけの話である。片方はそれを残念な事として捉えていたようだけれども、こちらからすれば用事が無かった事を残念だと思っているのだから何とも言えない。彼だったらもしかしたら、こんな状況でも普通に楽しんでいたのかもしれないけれど。そういう所、割と器用なように思えるから。ちなみに、もう片方は明らかな安堵の表情を浮かべていて、反応としてはそちらの方が正しかったと今なら確信を持って頷ける。
「とりあえず、食べるとしてもあと1ホール分な。じゃないと夕食が取れなくなるし、さ」
「そっか。分かった」
「分かってくれたなら幸い。……ところで、今晩はうどんか蕎麦で良い?」
「あぁ。むしろそうして欲しいくらいだな」
こちらに向けられた問いに肯定を返して、腕を組む。自分はそれほど食べたわけではないけれども、流石にこの光景を見た後では食欲もあまり湧かない。夕食は食べやすいものである方が好ましいだろう。
部活帰りで腹をすかしているだろう二人には申し訳ないが、軽いものしか欲しくない。そう思いながら目を閉じて、本日、心の底から実感する事になった事を脳裏に浮かべる。
嗚呼もう本当に。
何事もほどほどが一番だ。
本当に、ケーキはほどほどが良いですよ……食べ過ぎると危ないですよ。本当に気持ち悪くなるから。