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一日遅れの七夕。臨也と静雄。



「世界ってのは残酷だよねぇ」
「突然何の話だ。つーか手ぇ離せ。ノミ蟲がうつる」
「あは。まーたそんな事言って。大丈夫大丈夫。うつらないから」
 っていうか俺、ノミ蟲じゃないからね。
 そう言って臨也は、ぱ、と手を放して軽やかに数歩後ろに下がった。
「で、世界の残酷さの話だけどね」
「あ?」
 仇敵に握られていた腕をごしごしと擦っていた静雄は、その言葉を受けてか訝しげな表情を浮かべた。どうして逃げるかナイフを構えるかしないのかと、ありありと彼の顔に浮かんでいる疑問を読み取って、薄く笑う。確かに逃げた方が良いだろう状況ではあったが、まだ話したい事が話せていない。話し足りない。だから自分は語らなければならない。
 たとえ今が命がけの喧嘩中で、空を見た自分が何となく彼の腕をとった所でそれが一時中断しただけの現状であったとしても。
 片手に持っていたナイフを両手で弄びながら、空を見る。
 今日は雲ひとつない晴れ。都会の汚れきった空では圧巻とも言える程の多量の光たちを目にする事は出来ないが、そこにそれだけの景色が存在していると約束された夜の姿があると思うと、ほんの数個の点のような輝きにも笑みが浮かんできた。
「今日は何の日か知ってる?」
「は?」
 唐突な問いに虚を突かれたかのような顔をする喧嘩人形の眼前に付き付けるように、少し離れた場所から人差し指を一本、ぴんと伸ばす。
「ヒント。七月七日」
「……七夕か?」
「その通り」
 流石にその行事の名前は覚えていたらしい。首を傾げながらも素直に答える彼に頷いて見せて、臨也は今度は中指を立てた。
「じゃあ次。七夕と言えば?」
「短冊」
「……うんまぁ、それも合ってるんだけどね」
 間違ってはいないが求めていた物とは違う答えを返されて、やれやれと肩をすくめる。そういえば彼は世間一般のごく普通の家庭で生まれ育った化け物だ、思考が直ぐにそういった全員参加型イベントの方に行くのは仕方が無い話かもしれない。
 素直に答えたのに自分の態度があまり芳しく無い物だったからだろうか、眉間にしわを寄せ、静雄は握り拳を作っていた。ちゃんと答えたのにどうしてそんなリアクションをされなければならないのだと言う憤りでも抱いているのだろう。
 噴火十秒前の池袋最強を前に、それでも臨也は余裕を持ったまま言った。
「俺が欲しかった答えは『織姫と彦星』なんだよね」
「そういう話は新羅に持っていけ」
「いやいや、シズちゃん。俺が話したいのはそのラブラブカップルの事じゃないんだよ」
 そう言ってから、大きく腕を広げる。
「俺が話したいのは、彼らにかけられた呪いについてだ」
「呪い?」
「そう、呪い」
 その単語が七夕と関係があるとは到底思えなかったらしい。一気に怒りのレベルを落とした喧嘩人形は、じぃ、とこちらを見た。早くどういう事か言えと、聞くのも面倒だが聞かないと余計に気になりそうだと言わんばかりの目に呆れながら、とりあえずリクエストに応じてやることにする。
「年に一回だけしか、しかも雨が降らない日にしか会わせてもらえないんだよ?どの地方の天気を基準に雨やら晴れを判断するかは知らないけど、それって随分残酷な話だと思わない?こんな事なら、永遠に会えない方が良かったと思うね、俺は」
「何でだよ。好きな奴なんだろ?会えた方が嬉しいんじゃねぇのかよ」
「好きだね。会えた方が嬉しいね。きっと、その一年に縋りついて彼らは、互いの事を忘れることなんて無いんだろうね。でも、その事実は彼らの可能性を摘み取っている」
「……手前の言う事は理解できねぇ」
「だからね、俺はパートナーチェンジの話をしてるんだよ」
 目を細める静雄に、そう答える。
「どうせなら一生会えないままでさ、相手の事を時間の流れに身を任せて忘れてしまえばよかったんだよ。そうしたら一年に一度……いや、二年に一度かもしれないけど、そんな短い一時に全てを投げ打つ必要も無かったわけなんだし」
「そうか?」
 そして。
 予想外な事に、彼は自分の言葉に否を唱えた。
 その事にほんのりと驚愕しつつ、表面は何でも無いように取り繕って、言う。
「へぇ?何でそう思うのさ」
「そいつら好き合ってんだろ。一年に一回だけしか会えない中でも、好きなままなんだろ。なら、一生かかっても忘れるなんて無理じゃねぇか。なら、会えた方がいい」
 さも当たり前のように発せられた言葉に。
 臨也は拍子抜けした。
 だって、彼は本気の目をしていたから。
「シズちゃんの愛ってさぁ……重そうだね」
 そうしてどうにか零せた言葉に混じっていたのは、果たしてどんな感情だったのだろう。







むしろ、重いのはお前の愛だろうとツッコミを入れたくなる臨也さん。(ラスト)
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