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パロディー、っぽく。少なくとも現代じゃない。名前がいっさい出てこないお話です。



 滅多に人が足を踏み入れないこの森の中ほどに、その店は存在していた。
 こじんまりと、まるで森に同化するかのように。それを建てる時に森から得られる素材以外を使用しなかった建物は、まるで何十年も前からそこにある存在のように、何百も何千も前から存在しているであろう森に馴染んでいる。
 そんな場所にあるものだから、多くの、否、殆どの人々がその店の存在を知らない。その店の主がこの国屈指の人形制作者である事もまた、知られていない。
 けれどもたまに、その存在を知り、その店に訪れる人間もいる。
 たとえば、自分だとか。
 そして今日も、自分はその人の店に訪れていた。
 ようこそ、と招き入れられた店の中はこの前来た時と変わらない姿をしている、はずだった。誰も来ないし店先はあまりいじらないから、この場所だけ時間が止まったみたいなんだとこの人が話して苦笑していたのを覚えている。全くその通りだと、自分も納得したものだ。けれども、今日は一つだけ違いがあった。
 店の、カウンターの傍。
 そこに、いつもは存在しないモノが存在していた。
 一瞬、人間かと思った。けれども違うのだと直ぐに分かる。瞳が閉ざされた顔は確かに人間の物に見えるし、服を着せられた体も同様だ。関節も継ぎ目が見えないほどに滑らかで。けれども、それが纏うのは静かすぎる静寂だった。それは人間に纏えるわけがない、人形特有の気配。
 そんなものがどうして、いつもは無いのにそこにあるのだろうと疑問を抱き、口を開く。
「……それは?」
「あぁ、これ?」
 穏やな表情を浮かべ、その人はそれの髪を梳いた。
「これはね、俺が一番最初に手掛けた人形だよ。たまには外に出してやろうと思って」
「え……一番最初……?」
 それでこの出来。
 唖然と見たその人は、過去を懐かしむように目を細めた。
「そう。作るのに何年かかったっけ……いや、そう言うよりも、一体、何歳の時に作ろうと思ったんだろうって、そう考える方が『彼』に関しては適切かな。何時、作ろうと思ったのかもう俺も覚えてないよ。ただある日突然、そうだ、作ろうって、思ったんだよね」
 そこからは無我夢中だったよ。そう言ってその人は苦笑を零す。
「どうやって素材を集めたのかも覚えてないし、どうやって組み立てたのかも曖昧だよ。ただ、作らないとっていう意思に突き動かされて、必死で体を動かしてたんだ。結果、彼の姿が浮かび上がって、こうなったんだ」
「……へぇ」
 その人の話す内容に、驚きを覚える自分がいた。
 その人は、自分が知る限りではそんな曖昧さを許さないような性格をしていた。売り物としての人形たちを作る時、暇な時間を潰す為に人形たちを作る時、その人は最初から最後までの過程を脳裏に描いて全てを始めるのだと聞いた。実際に会ってみてそうだったから、その人はそういう性格なのだと思っていた。多分、それは間違っていない。
 しかし、この人だって曖昧さに背を押される事があったのだという。そんなの、想像の外のお話だった。
 一歩、それに近づいて、顔を覗き込む。
 眠っている様に、瞳は閉ざされたまま。
「これ、売らないんですか?」
 尋ねてはみたけれど、どうせ売らないのだと言う言葉が帰ってくるのだろうと、不思議と自分は確信を持っていた。どうしてだろう。知らない穏やかさをその人が纏ったからだろうか、それとも、これの事を『彼』と呼んだからだろうか。
 そして、その人は肩を竦めて、言った。
「売らないよ。完成してないから」
 思いもよらない言葉を付けて。
 驚いてその人の顔を凝視すると、その人は口元をゆるく歪めた。
「彼には名前が無いんだよ」
「名前?」
 そういえば、この人の作る人形は全部が全部、名前が付けられている。どうしてなのか知らなかったけれど、成程、名前まで付けたらようやく完成だという彼のポリシーがあったらしい。
「じゃあ、何で名前を付けないんです?思い浮かばない、とか?」
「うーん……それもあるけれど、それだけじゃない。俺は、彼に未完成のままでいて欲しいんだ」
「……どうして、ですか?」
「完成したら、存在が始まってしまうだろう?」
 さも当然のように、その人は言う。
「始まりがあるっていう事は終わりがあるっていう事だ。始まらなければ終わらない。……俺は、彼に終わって欲しくないんだよ、どうしても。ずっとこのままであって欲しい。だから名前を付けない。……不思議だよ。こんな思い、彼以外には抱いた事がないんだ」
 最後に、その人は子供のように首を傾げた。
 その人のそんな様子を見て、何か言おうと思って、止めた。
 何も言うべきではないと、思ったのだ。







自分=帝人
その人=臨也
それ・彼=静雄

です。人形の静雄を作った臨也の話が、ふっと頭に浮かんできたのでず。

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