木曜日の物語 ④色々な視点～トムさんの場合～

トムさんは、字の文打ってる時でも「トムさん」って呼びかねないので要注意なのです。
そんな話は関係無いですが、恋愛事情です。

---

「ねぇ、貴方いい加減に帰りなさいよ」

「それを言うならお前だってそうだろ。帰れ」

「嫌よ。だから貴方が帰るの」

「お断りだって、何回言わせれば済むんだよ。お前が帰れば良いだろ」

「とにかく帰ってよ」

「お前こそ帰れよ」

「帰りなさい」

「帰れ」

　一人の青年と一人の少女がかわしているとは思えない会話に、思わずため息を吐く。帰れ帰れと、まるで小学生の様だと思うのは決して自分だけではないはずだ。片方は知らないが片方は二十歳を超えているらしいのに。

　そして、この会話に挟まれているのが静雄。そんな状況だ、彼がキレないかと最初は心配していたのだが、あまりに馬鹿馬鹿しいからか別の理由からか、どうやら怒る気が無いらしいと分かってからは放っている。

　……まぁ、それでも少しくらいは警戒していたのだが。

「ねーねー、うたやんとイザイザってどんな関係なんだろうね？ライバル、みたいな？恋のライバルだったらすっごい楽しい話だよね！」

「そうっすけど、俺としては嫌い嫌いも好きの内が良いっすね。喧嘩するほど仲が良いっていうアレっすよ！一押しっす！」

「え、それってイザイザとシズちゃんにも当てはまるよ！？」

「え゛……ちょっと待って欲しいっす狩沢さん！」

「待たないよー。で、さ、それってつまり、」

「……止めろ狩沢。本人たちの前でンな事言うな。……死ぬぞ」

「……なら、ドタチンとシズちゃんで、」

「止めろ！」

　……こんな会話まで後ろにくっついてくるようになって、警戒レベルを一気に最大まで上げなければならなくなった。

　どうやら静雄は今のところは、あの三人組の会話の方に意識を向けていないようだから、良い。が、聞こえた上で意味合いを拾い上げる事に成功した場合、自販機が宙を飛ぶとか、そういう話で済むような事態ではなくなる気がする。

　……あと三件くらい、回収が残ってんだけどな……。

　はぁ、と息を吐いて、トムは静雄の方を見た。

「静雄、まだキレてねーな？」

「……うす。こいつらの言い合いには慣れたんで」

「後ろの三人組の方は？」

「門田たち……っすか？そういや何か俺やノミ蟲の名前出てるみてぇですけど……一体、何話してんすかね？」

「……分かんなくて良いぞ」

「……？……トムさんが言うなら、そうしますけど」

　首を傾げる静雄に、警戒レベルを少しだけ下げる。それでも割とイエローゾーンだが。

　確かに、後ろの三人組の方は注意深く聞いておくか、あるいは彼ら彼女らの会話に慣れ切っているような相手でなければ分かり難いかもしれない。けれどもあの、黒い服の彼女に対してだけは、この場合は油断してはいけないと思う。気を付けておかないと、とんでもない問題発言をかましてくれそうで。

　そこはどうやら、三人の中で一番大人らしい帽子の彼が押さえてくれているようだけど。

「……静雄、とっとと三件回って仕事終わらせるべ」

「っす……あ、そういや、明日って休みでしたよね、俺」

「ん？あぁ、そうだったか？」

「ひょうひゃよ」

　と、口をはさんだのは黒コートの情報屋。

　彼は少女の髪を引っ張りつつ、少女に引っ張られている口から言葉を零す。

「ひゃひひゃはひひゅしゃんひゃひゅひ」

「悪ぃ……手前の言いたい事が全然分からねぇ」

「ひゃっへ…」

「…さ……歌子、手ぇ離してやれ。ノミ蟲も髪から手ぇ離せ」

「静雄が言うなら……仕方ないわね」

　少女は呟き大人しく手を離し、忌々しげに情報屋を睨みつけた。

　当然のようにその視線を受け流して、彼は口の端をさすりつつ、再び口を開く。

「痛い……えっと、だから、さっき俺は『そうだよ、明日はシズちゃん休み』って言おうとしたんだよね。言えなかったけど」

「……何で手前が知ってんだ」

「え？だって俺は素敵で無敵な情報屋だからね、シズちゃんの仕事のスケジュールなら一カ月分、きっちりと押さえてるよ」

「ストーカーか手前！」

「まっさかぁ！そんな事あるわけ無いじゃん」

　……いや、そんなわけしかないだろう。

　そう言いたかったが、言ったら少し危ない目に遭う気がしたので、止めた。

　ただ、その代わりに。

　トムは、自動販売機が宙に浮く前に、素早く距離を取った。

 

---

何気にトムさんの口調って難しい……です。