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ちょっと真面目かもしれない三国伝話を書いてみようという事で。 
記憶喪失な曹操様のお話です。時間軸的には英雄激突変と戦神決闘編の間くらいでしょうか。



 ふ、と。
 声が聞こえた気がした。
 思わず足を止め、辺りを見渡す。けれども、それらしい影はどこにもないし、気配も感じられない。どうやら周囲には誰もいないらしい。
 ならば先ほどの声は単なる空耳だったのかと息を吐き、視線を上に向ける。
 そうして見えるのは茂る木々の隙間から零れる、光。
 
(そういえば、)
 
 微かとはいえ確かに瞳を突き刺してくる明るさに、少し目を細める。今日の天気は良好らしい。雲があるのかないのかは枝や葉の間からではうまく確認する事は出来ないが、あったとしても、量はそれほど多く無いのだろう。何も無い開けた場所で空を見れば、きっと、深く澄んだ青色を見る事が出来るはずだ。
 
(最近、空を、見ていない)
(見れば何かが分かる気がするというのに)
 
 この森は良い所だ。しばらくここで生活している自分が言うのだから、恐らく間違いは無い。ただ一つ森に対する不満を上げるならば、それは木が元気過ぎることだろうか。おかげで、空を見る事が出来ない。冬になれば葉も落ち、青が木の隙間から見える様になるだろうが、しかしそれは一体いつの話になるというのだろう。今からその時まで、どれほどの時間がかかるというのだろうか。
 森の外に出れば、空など見ようと思わなくても目に入るだろう。だが、自分はそうしてはいけないと彼が言っていた。まだ時ではないから、この森の中から出てはいけないと。それの言葉を守ってやる必要は無いと思い、今も思っているが、それでも森から出ようとしないのはきっと、彼の言葉が正しいと理解しているからなのだろう。
 今の自分には、持っていなければ致命的であろう物が無いのだ。
 
(どこへ置いて来たのか分からないが、)
 
 記憶が、無いのだ。
 森に来てからの記憶はある。彼に会ってからの記憶もある。だが、その前はと訊かれると答える事が出来ない。確かに存在しているはずの時間を、知らない内に、自分は失ってしまっていたのだ。
 どうして記憶を失ったのかは分からない。だが、記憶を取り戻さない限りこの場所から出てはいけない事は分かった。森を出れば誰かに見つかるだろうが、それが自分にとって全くありがたくないだろう事を、理解しているから。
 目覚めて最初に見る事になったボロボロで傷だらけの自分を見ていなかったら、その理解も得る事は出来なかったかもしれないのだが。
 
(早く、取り戻さなければ)
 
 はぁ、と息を吐いて、再び足を進めようと視線を戻す。
 すると今度は、視界の端に紅が見えた。
 とはいえ……その色は酷くくすんでおり、鮮やかとは言い難い。だというのに紅を主張するその存在を、自然と受け入れる事が出来るのは何故だろうか。
 気が付けば辺りから木々が消え、足元も頭上も前後左右どこを見ても、何の景色も見えなくなっていた。そこにあったのは白い世界。本来なら驚くべき状況なのだが、残念ながら自分は眉ひとつ動かす事が出来なかった。というのも、この状況に陥ったのはこれが初めてではない。二度や三度でもない。何度も何度も、自分はここへ来る。
 二人だけの世界、と言うのだろうか。
 この場所にいるのは、自分と紅色の何者かだけ。
 自分と、不思議な懐かしさを覚えるその紅だけ。
「貴様は何時までここにいるのだ」
 先に口を開くのは、紅の。
 いつの間にか背後に立ち、しかも背中合わせになっているらしい(と感じられる)それに、自分は静かに言葉を返す。
「好きでここから出ないわけではない」
「ならば早急に出れば良いだろう。このような森に未練は無かろう」
「そうだ。俺は、出る時が来れば名残も惜しまず出て行くことが出来るだろう。だが、まだ、取り戻せないものがある」
 それを得るまでは駄目なのだと。
 言えば、背中越しの気配が笑った。
 その表情は自分にしか向けられない嘲笑なのであろうと、漠然と、けれども確信的に思う。きっと、この紅は、その表情を他者に向けた事など無い。
「ならば何をしてでも取り戻せ。今この瞬間にでも。そうしなければ、」
 そこで、言葉が切れた。
 否……是も非も無く切られたのだと気付いたのは、周りに木々があったから。
 今回の語らいも時間切れと言う形で終わってしまったようだ。最初の邂逅から今日まで、最後まで話せたことがあっただろうかと肩を竦める。
 そうして、振り返り視線を背後へ向けた。
 見えたのは、やはり木々だけで、あの紅はどこを向いても見当たらなかった。
 
(あの光を、灯を)
(闇に消されてしまわぬ前に)
(この手に取り戻さなければ)
 
 
 
(手遅れに、なる前に)










……失敗したかなぁと思いながら、それでもupする貧乏性です。
分かりにくいかと思うので説明を付け加えますと。
・曹操様視点で、紅のも曹操様。自分(の記憶みたいなの)と心の中でご対面という感じ。
・彼=孔明さんあたりかな。
・最初の声は、誰からの声でも。きっと、呼ばれているでしょう。
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