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05. いけ好かない同行者


 女性の名前はマリー…マリー・パーファシーといった。
 迷いの森で出会って後、彼女は寄り道をしようと刹那を湖の畔まで連れてきていた。
 人気のない静かなこの場所には、他の場所より太陽の光が差し込んでいた。湖の上まで枝は茂っているものの、大きい湖全体をくまなく覆うことは出来なかったらしい。

「……貴方に、頼みたいことがあります」
「頼みたいこと?」
「えぇ。頼みたいこと、です」

 そこで、マリーが刹那にしたのは……頼み事、だった。
 先ほど出会ったばかりの自分に何を……と思うのだが、既にティエリアの事を話しているというのに、彼と合流しようとしない事に関係があるのかも知れないと考える。例えば……そう、例えば、彼には聞かれたくない何かがある、だとか。
 だとしたらそれは何だろうと、刹那は疑問を抱く。様子からして彼らと彼女は旧知のようで、隠し事をするような仲には見えないのだが。
 そんな自分の考えが分かったのか、マリーは少し微笑んで、緑の上に腰を下ろした。

「ティエリアさんに頼まない理由、気になりますか?」
「……気にならないと言えば、嘘になるな」
「でしょうね。そういう顔をしています」

 柔らかな表情のまま、彼女はついと湖の水面を指さした。
 何だ?と思っている間に腕はゆっくりと上げられていき……湖の水も、まるで壁のように徐々に登っていく。重力に逆らい、そこにスクリーンを作り出したのだ。
 唖然としてると、楽しげな彼女の声が耳に届く。

「驚きました?これが以人の力なんです」
「こんなことが出来るのか……」
「はい。そして、まだまだこんなものではありません」
「……そうか」

 そうだろうとは思っていたが……本人の口から聞かされると別な響きを持っているように思える。自覚があると言うことは、即ち実行できると言うことなのだから。

「で……話を戻すが」
「頼み事ですね?…実は、探して欲しい人がいるんです」
「探し人か…自分で行こうとは思わないのか?」
「私は……行けません。迷いの森から出られないんです」
「……何?」

 それはどういうことかと視線で問うと、彼女は寂しげに水のスクリーンの方を見ていた。
 刹那も同様にスクリーンを見ると……そこには、三名の顔が映っていた。どれも幼く、年の頃は十歳程度だろうか。

「……私は、以人の村を襲撃されたときに……襲撃者によって村から連れ去られました。何らかの実験のサンプルにするためだったようでしたが……その時は自力で逃げ出して、この森に入り込んで事無きを得たんです。そして、その三人は、私が村で親しくしていた三人。十年前のあの時以来会っていないので……皆、二十は越えていると思います」
「これを手がかりに、探せと?」
「先ほども言ったように、私は森から出られませんから」
「何故」

 それは、とても大きな疑問だった。
 出られないと言うし、ティエリアたちに頼まずに自分に頼む所も……何もかも理由が分からない。彼女の説明がなければ、ずっと分からないままだ。
 だからこそ、刹那は彼女に説明を求めた。
 頼み事……人探しくらいなら、自分にも出来ないことはないだろう。だが、情報を全て提示されないのは依頼される者としてはいただけない。以人に興味を持って彼女に会いに来たが……それは、理由も聞かされずに頼みを聞くためではないのだ。
 そこは彼女も分かるようで、壁のようになっていた水をありのままに戻し、苦笑を浮かべて口を開いた。

「私は、この森の一部になってしまったんです」
「森の……一部」
「森に彷徨い入った時……何かがあったんです。大きな大きな何かがあって、それが森と私を変質させてしまった。それ以来、この森は立ち入った者を迷わせる森に、私は森の外に出ることが出来ない存在になりました」
「……本当、なのか」

 俄には信じられない話に、刹那は思わず聞き返した。
 しかし彼女は迷いなく頷き、瞳を閉じた。

「ティエリアさんたちに言えないのは……彼らは、以人を恐れているからです」
「恐れている?」

 言われて、ティエリアとロックオンの様子を思い出してみるが……とても、そんな様子には見えなかった。
 だが、心当たりが無いこともない。
 両者とも口にしていた。以人は『人間以上』だと。人間は以人以下なのだと。
 畏怖が恐怖に変わることもあるだろう。

「…そんな彼らに頼むことは出来ない、と」
「えぇ。彼らにとって、もしも以人が二人も留まるとしたら、それは……安心して眠ることは出来ない、そういう事なんです。私たちは……『人間以外』ですから。化け物なんです。あぁ……でも、だからといって責めてあげないでください」
「…?」
「未知を怖がるのは当然です。そう……良く言われましたから」

 誰に、とは聞かないことにした。様子を見れば、何となくだが分かる。
 懐かしげに微笑んでいる彼女を見ていると、ふいに、がさ、と茂みが鳴った。
 視線をやると、そこには紫の髪の青年と……茶色の髪の男の姿が。

「……ロックオン?」
「違う。こいつはライルだ。……全く、君を探してる間にこんなヤツを見つけるとは…」
「そうぼやくなよな。軽く傷つくぜ…」
「……そうだ!」

 唐突に、いつの間にか立っていたマリーが手を叩いた。

「刹那さん、この二人に付いていってもらってください!」
「……え?」

 この、仲の悪そうな……というか一方的にティエリアが毛嫌いしてるような……二人を連れて行けと、彼女は本気で言っているのだろうか。
 恐る恐る彼女を見て…諦めた。本気のようだった。






 





(ティエリアにとって)いけ好かない同行者。

 

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