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たまにはこんなこともあるんじゃないかなぁ……ということで、ヴァリアーなお話です。



 ……困った。本当に困った。
 ナイフに映った自分の顔を眺めながら、ベルフェゴールは長い前髪の下で眉を寄せた。
 こんなに困るなんて珍しいことだと、自分でも思う。困るというのは迷うという事で、しかし自分とそれは縁遠い物だったはずだ。迷うことなくやりたいようにやってきたし、これからもそうしていくつもりだった自分とそれは、切ろうと思っても切れないくらいに繋がりが無かったはずなのに。
 気が付けば今、かつてない程に困っている自分がいる。
 生きていれば思いもよらない状況に陥ることがあるというけれど、これもつまりはそういうことなのだろうか。
 そんな風に思いながら、ベッドの縁から腰を上げる。
 困った。本当に困った。さっきからずっと、ずぅっと困っているのだ。
 こういうときは、誰かに話を聞いてもらうのが一番だと聞いた事がある。日本で出会った女から聞いたのだったと思うけれど、さて、どうだっただろう。何となく考え込んでみたけれども、記憶は依然として曖昧なままだった。名前も覚えていない相手の事を思い出す事は、どうやら自分には出来ないらしい。日本の四季のどれかと同じ名前を持っていたはずだという事くらいは、思い出せたのだけれど。
 まぁ、別にどうでも良いか。
 そう思い軽く伸びをして、まだ手に持っていたナイフの存在を意識する。もしも部屋から出て行こうと思うなら、これは置いて行った方がいいのかもしれない。持っている物だけでなく隠している物も、凶器と成り得る物は例外なく何もかも全部。でないと、取り返しはつくけれども、後始末が面倒な事をしでかしてしまうかもしれない。もちろん実行してしまった場合、後始末は全部別の誰かに押し付けるつもりではあるのだが。
「けどなぁ……」
 武器を全て置いて出歩くというのは、どうにも落ちつかない。そんな自分が思い浮かばないし、そんな自分は何だか気持ちが悪い。ナイフがあってこその自分だとまでは言うつもりは無いけれど、ナイフが自分の一部である事は間違えようもなく現実だ。
 どうしようかとここでも困り、最終的に、持っていくことにした。当たり前の様に存在している物が一時でも欠けるというのはやはり、奇妙だから。
 と、いうか。今気付いたのだけれども、そもそも、どうして自分がこんなに困って、こんなに気づかいの様な事をしなければならないのだろう。やりたいようにやってきたし、やりたいようにやっていくつもりなのだから、他人を心配して自分を殺すなんて事はやる必要が無いかもしれない。いや、常識的に考えて、必要無い。だから。
 殺りたいように、殺ろう。
 殺りたいように、殺ってきたのだし。
 殺りたいように、殺っていくつもりなのだから。
 そうと決まれば話が早い。右手のナイフを仕舞いこんで、服の至る所に仕込んであるナイフやワイヤーの事を思いながら、遊びに行く時の様な弾んだ足取りで自室から廊下に出るための扉へ向かい、辿りつき、開ける。
 そこには誰もいなかった。
 当然だ。だって、自分が人を払ったのだから。
 流石に『味方』まで殺したら問題かなぁなんて、馬鹿な事を考えてしまったばっかりに。
 今思えばあれは失策という物でしかなかったのだけれど、あの時はあの時、今は今ということだろう。あの時はそれが一番いいと思っていたし、今はそれが一番最悪だと思っている。それだけの話。
 廊下を歩きながら、口の端を上に引き上げる。あぁ、早く人に会いたい。会った人に挨拶代りにナイフを突き刺して、良い天気だねと言う代わりにナイフを抉るように引きぬいて、じゃあまた後でと笑う様に残りのナイフを一斉に突き刺したい。そして血が見たい。赤い血を。吹き出した赤色の血を見たい。そして何より、誰かを殺したい。
 それにしても、こんなに死を求めた事があっただろうかと首を傾げながら、曲がり角に来たので道に従い左に曲がる。
 そして、立ち止まる。
「あ、いたんだ」
「いたら悪いか」
「うぅん。一番良くて一番悪いよ」
 首を横に振ると、彼はほとほと呆れたと言わんばかりの表情を浮かべて、もたれかかっていた壁から背を話した。既に、彼の左腕には銀色の剣が存在している。
 あぁ、成程。全部分かってるのか。
 となると、もしかしたら、廊下に誰もいなくてここまで誰にも会えなかったのは、彼……あるいは彼らによる手回しがあったからかもしれない。使える駒を減らしたくはないと、先手を打つように自分の所から誰もかれもを引き離すように。
 準備周到な事だと肩を竦めながら、ナイフを投げる。
 あっさりと受け止められてしまった小さな凶器に落胆する事無く、笑う。
「俺さ、一回で良いから鮫とか殺してみたかったんだよね」
「あ゛?そりゃ、初耳だな」
「言った事無いんだから当然でしょ。で、さ。丁度そういう気分だから、良いかな」
「悪いっつったら止まるのかよ、お前は」
「んー、無理?」
「……だろうなぁ」
 はぁ、と鮫がため息をついたのが合図になった。
 何でも良いからズタズタに引き裂いて殺したい。そんな衝動をぶつける様に、ベルフェゴールは彼へ向かって駆けだした。







殺人&殺傷願望に突き動かされてる王子様の話でした。
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